宮城壮太朗の想い

 

2011年3月24日、東日本大震災から2週間が経とうとする日に宮城壮太朗は亡くなりました。
その前年、体調を崩し思うように動けなくなるなか、
兼任講師を務めていた法政大学大学院デザイン工学研究科の授業「製品デザイン原論」の履修生に
メッセージを送っています。
それは「情報社会とデザインについてのメモ」という副題を付け、A4用紙1枚にまとめられました。

情報化社会のなかでのデザインの意味と役割というテーマは宮城の文章にたびたび見られるものです。
旧来の工業化社会での大量生産と大量消費のサイクルからの転換を強く意識して、
宮城自身がデザインを行ってきたとも言えます。

これからデザイナーとして社会とかかわりを持つことになるだろう学生たちに向かって、
宮城は結論部を「真のモノの価値 真に人間の幸せのために」と書き出しました。
この前提とここに続けられた問いは、宮城が自分自身に言い聞かせてきたものだと考えられます。

 

 

―情報社会とデザインについてのメモ―

宮城デザイン事務所 宮城壮太郎

 

病気のため授業が尻切れトンボで誠に申し訳ありません。
宿題読ませてもらいました。週の宿題だから・・・この程度かな とも思いますが、ちょっと寂しかったです。
情報社会=情報が氾濫→整理検索が必要→インターフェースが重要もしくは真に良いものをデザインする
といった視点だけの人が多かったので、僕なりの考え方を披露しておきます。
僕の考え方が正しいというわけではなく、いろいろな視点で考えてみて欲しいという願いからです。

そもそも情報社会とは、A・トフラーが著した「第3の波」(1970年)のなかに出てきます。
農業革命→産業革命(工業)→脱産業(工業)革命=情報化社会 といった流れで、情報=知識がもたらす社会変革を予測しています。
ただ話は簡単にリニアではなく、足し算、かけ算で変革されてきていると考えられます。
農業→ 農業+工業 → 農業+工業+サービス → (農業+工業+サービス)×IT
初期の情報化社会においては、サービス業(流通、通信、販売、アミューズメント、マスコミ、、、、)の台頭があり、
現代ではIT、ICT技術の革新によって新たな情報社会のステージに入ったのかもしれませんね。

ここで意識したいのは 情報=知識 という点です。決して技術の話ではないのです。
いつの間にか「情報技術が世の中を変える」になってしまっているけど、本質は「知識が世の中を変える」ということです。
(個人的には知識なんかじゃなくて知恵のほうが偉い!と思っているのですがね・・)

前段はここまでして、情報社会の特長や課題を僕なりに書き出し整理しておきます。

・情報の氾濫→選別できない→検索、選択、コンシェルジュ
・情報価値の低下→引き算の思想、情報の整理と編集、より一層の深度が必要
・情報のスピード→受け取る側の準備が出来ない、スピードだけ勝負
・フラット化→誰にでも、重要なものもそうでないものも
・無料→ただが前提→信頼性に欠ける
・多品種少量産生が可能、さらに 一対一へ
・生活者による情報発信→ユーザーがメーカーに プロシューマー 消費者=生産者
・価格決定権がメーカーから流通、ユーザーへ
・オープンなリンク→情報深度、簡便性
・どこでもアクセス→繋がらない不安、
・情報格差デジタルデバイド→社会的合意 社会知・集合知の醸成が必要
・情報との関わり方→情報のやりとり:インタラクションデザイン 検索・引用

まだまだいろいろ見方があるでしょう。
問題点はいろいろ挙がりますね。情報社会の問題点を解決していくことも重要ですが、積極的に良い点を組み合わせてさらに良い社会に向かうことも重要だと思います。
たとえば、「オープンソースの考え方」や「ユーザーが生産者になれる」みたいなことがそれに当たるのではないでしょうか?

真のモノの価値 真に人間の幸せのために
情報に踊らされずに(踊らさせれない為に知識と知恵が必要)、情報を活用し、
情報を競争原理の素材 としてではなく、
ライフスタイルがどう変わるか?
社会的合意は形成されるのか?
その為にデザイン(エンジニアリング)に何が出来るか?何をすべきか?
を考えながら社会で活躍してください。

 

2010.7.29
「製品デザイン原論」履修
大学生諸君へ

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